Pages

Thursday, March 11, 2021

カメムシをなぜハットージと呼ぶか 岡山県西半分で使われる方言:山陽新聞デジタル|さんデジ - 山陽新聞

 憎まれ昆虫であるカメムシを『広辞苑』は「半翅目(はんしもく)カメムシ科の昆虫の総称。体は扁平(へんぺい)でほぼ六角形。種類が多く、大きさ・色彩などはさまざま。触れると臭腺から猛烈な悪臭を出す。植物の汁を吸い、農作物に有害」と説明しています。昆虫図鑑を開けば、アカスジカメムシやナガメといった華やかな配色のやつから、チャバネアオカメムシなど地味なやつまで、さまざまなカメムシが載っています。

 カメムシの方言も全国各地にいろいろ分布しています。華やかな色彩に由来する方言として、東北各県のアネコムシや京都府のオヨメサン、兵庫県のオヒメサンや島根県のオジョロサンなどがあります。カメムシを美人・佳人に例えた理由は、素直に美しさを愛でたのか、ほめあげることで悪臭ガスの噴射を封じようと考えたのか、いずれにせよ素敵な方言です。また悪臭に由来する方言は、クサムシにヘクサムシ、ヘコキムシにヘヒリムシ、ヘッピリムシにワックサなど山ほどあり、全国的に分布しています。山口県から北九州にかけては、ガス噴射時のしぐさに着目したのか、フーやフームシ、ホーやホームシなどの方言も見られます。

 それでは岡山県ではカメムシをどう呼んでいるでしょうか。ごくごく大ざっぱに分けて、県の東半分にはガーダとかガイダ(訛ってゲーダ)が分布し、西半分にはハトージとかハットージが分布していると言えそうです。ガイダはカイドやガイラやガエダなどとともに、関西から山陽にかけて分布しており、「咳唾(がいだ)=きたないもの」が語源だという説もあります。もういっぽうのハトージやハットージは広島県東部・鳥取県西部・島根県東部にかけても見られます。

 なぜカメムシをハットージと呼ぶのでしょうか。これには面白い説があります。映画『黒い雨』や『八つ墓村(トヨエツ版)』のロケ地としても知られる「八塔寺ふるさと村(備前市吉永町)」にある「八塔寺」という寺の名が由来だというのです。
 
 「八塔寺ゃぁ由緒ある天台宗の寺でなぁ、江戸時代にゃぁ備前藩主から領地ゅぅ与えられてぼっこう繁栄しとったんじゃ。じゃけど明治ぃなって領地ゅぅ失い、金に困った坊さんらが近隣諸国ぃ薬草売りの旅ぃ出たんじゃ。すばろうしい(貧相な)身なりの行商の坊さんを、子どもらぁ『おっつぁんどこなら八塔寺、紋羽(江戸時代の柔らかい織物)の股引ゃくーせーぞ、シラミがわいたらかーいーぞ』ゆうて囃(はや)し立てたりしたもんじゃ。八塔寺の坊さんの洗濯してねぇ不潔な股引の臭いから連想して、悪臭を放つカメムシゅぅハットージゆうて呼ぶようになったんじゃがな」というのが「八塔寺由来説」です。

 この説を祖母から初めて聞いた時は「失礼な話じゃな」と思いながらも、私は妙に納得したものでした。考えてみれば、ハットージという方言の分布エリア(岡山県内・広島県東部・鳥取県西部・島根県東部)が、八塔寺の僧たちが行商に出かけたエリアと重なっていそうな気もします。かなり説得力がありそうな説なので、すっかり信じておりました。しかし…。

 カメムシは八塔寺の僧たちが薬草売りの行商に出た明治初年よりずっと以前からハットージと呼ばれていたらしい…ということを後になって知りました。江戸中期に書かれた備前藩の産物帳に、カメムシがハトージという名前で載っているというのです。つまり八塔寺語源説は誤った俗説ということになり、ハットージの謎は深まるばかり。もしかしたら、あまりの悪臭のため、もしくは汁を吸われるため、農作物が葉を閉じてしまう「葉閉じ」が語源なのかも…と空想したりしております。

  ◇

青山 融(あおやま・とおる) 岡山弁協会会長。映画「バッテリー」「でーれーガールズ」などで方言監修、指導を担当。岡山が生んだ名探偵・金田一耕助、古墳、路上観察など興味の的は多岐にわたる。雑誌「月刊タウン情報おかやま」「オセラ」の編集長など歴任。著書に「岡山弁会話入門講座」「岡山弁JAGA!」「岡山弁JARO?」など。東京大法学部卒。1949年、津山市生まれ。

Let's block ads! (Why?)


からの記事と詳細 ( カメムシをなぜハットージと呼ぶか 岡山県西半分で使われる方言:山陽新聞デジタル|さんデジ - 山陽新聞 )
https://ift.tt/3bEDLeZ

No comments:

Post a Comment