<生殖医療と出自を知る権利>㊦
目鼻立ちのはっきりした若い女性がほほ笑む写真。横に貼った付箋には、こう書いてある。
「この人がいなかったらあなたにであえなかったね。とっても大切な人」
望月有花さん(38)=愛知県=には3人の子がいる。タイで提供を受けた卵子と夫の精子を体外受精させ、望月さんが産んだ。
10代の頃から子宮内膜症で手術を繰り返したことで卵子が減り、自然妊娠は難しかった。結婚後、不妊治療に3年で計600万円ほど費やしたが、妊娠しなかった。
◆卵子ドナーと対面、思いを聞いた
夫は自分の遺伝子を継ぐ子どもを強く望んだ。離婚を考えるほど追い詰められる中、以前留学したオーストラリアのホストファーザーから、卵子提供という手段を聞いた。「他の人の力を借りてもいいんだ」
「子どもには隠し通せばいい」と周囲は説いたが、望月さんは伝えようと思っていた。精子提供で生まれ、成人後に出自を知って苦悩する石塚幸子さん(42)ら当事者の話が心に残っていたからだ。「子ども自身の命であり人生。親の都合で黙っているべきではない」
望月さんは2011年秋に渡航し、当時24歳のタイ人女性に会った。ドナーになった経緯や思いを聞き取り、「子どもにあなたの存在を伝えたい」とお願いして写真を撮った。翌年、皇希さん(9)が誕生。タイで凍結して保存していた受精卵を使い、2年後に双子の陽菜さん、彩鈴さん=ともに(7)=が生まれた。
写真や記録、当時の望月さんの気持ちをスケッチブックに残した。幼い頃からスケッチブックを繰り返し見てきた子どもたちは、「私たち半分タイ人だよね」と屈託ない。ムエタイを習い、地域のタイ人コミュニティーにも溶け込む。
◆「親のエゴで産んだからこそ、全力で支えたい」
子どもたちはこれから思春期を迎える。アイデンティティーを確立する時期のケアが大切だと望月さんは考える。「出自を知る権利は、子どもたち自身の生きる力になるはず。自分は何者か、悩む時もあるだろうけど乗り越えてほしい。親のエゴで産んだからこそ、全力で支えたい」
だが、誰もが望月さんのように行動できるかは分からない。「出自を知る権利」が法律で定められても、親が子に出自を伝えることをためらう可能性もある。
お茶の水女子大ジェンダー研究所の仙波由加里特任講師は「遺伝子検査が普及し、一生隠し通せる保証はない。子どもにどう告知し、どう向き合っていくかが肝心だが、心理的に負担がある親をサポートする体制も必要だ」と指摘した。
◆「告知は家族の始まりを共有するため」
当事者団体「すまいる親の会」は、第三者の提供精子による人工授精(AID)を検討するカップル向けに、当事者の話を聞いて考える場を設けているが、「出自を知る権利」を知った上で参加する人が増えているという。
事務局の清水清美・城西国際大教授は「告知は子どものためではなく、家族みんなで家族の始まりを共有するため。子どもが小さいうちから、いろいろな形で伝えていくのが望ましい」と訴える。
◇ ◇
生殖技術が進展する中、置き去りにされてきた子どもが遺伝上の親について知る権利の問題。超党派の議員連盟が現在、生殖補助医療のルールづくりとあわせて、子どもの「出自を知る権利」のあり方を協議しており、今後は法整備の動きなどを報じていく。(小嶋麻友美)
第三者の提供精子を使った人工授精(AID) 第三者の精子を子宮に注入する方法。日本では1948年に慶応大が初めて行い、国内で累計1万~2万人が生まれたとされる。日本産科婦人科学会によると、近年は年間3000~4000件行われ、毎年80~130人ほど生まれている。
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