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Tuesday, April 6, 2021

「建築家は偏屈」という“半分真実”から生まれたリアルドラマ「結婚できない男」【建築シネドラ探訪⑦】 - LIFULL HOME'S(ライフルホームズ)

口癖は「ほっといてください」

このドラマを見て、阿部寛という俳優が好きになった人は多いのではないか。筆者もその1人だ。今回、取り上げるのは、2006年にフジテレビ系列で放映された「結婚できない男」。15年ぶりに全話見返してみたが、主人公である建築家・桑野信介の偏屈さは、阿部寛そのものではないかと思えてしまうほどはまっている。そして、文句なしに面白い。

建築や住宅、それを設計する「建築家」は、映画やテレビドラマの中でどう描かれているのか。元・建築雑誌編集長で画文家の宮沢洋(BUNGA NET 編集長)が、「名セリフ」のイラストとともに、共感や現実とのギャップをつづる。

「結婚できない男」は、フジテレビ系列・火曜夜10時枠で2006年7月4日から9月19日まで全12回放送されたテレビドラマ。2019年には続編となる「まだ結婚できない男」が放映されたが、「建築家像」を語るなら、まずは第一シリーズの方だろう。

40歳・独身。長身でルックスは悪くないが、皮肉屋で空気が全く読めない。高級マンションに1人暮らしで、クラシックを愛する。口癖は「ほっといてください」──。そんな偏屈な建築家・桑野信介と、女医・早坂夏美(夏川結衣)の恋愛前の駆け引き(グダグダ?)を描くドラマである。

(イラスト:宮沢洋)(イラスト:宮沢洋)

「建築家」は「偏屈」の象徴?

偏屈な建築家の役に阿部寛がはまっている、と冒頭に書いた。調べてみると、この企画は彼の後押しによって実現したものだった。

この物語は原作漫画や小説があったわけではなく、脚本家・尾崎将也のオリジナル脚本だ。尾崎は自身のブログでこう述懐している。

「阿部寛さん主演で何かをやるかというのが出発点でした。僕は『阿部さんで偏屈な男が主人公のラブコメをやったら面白いのでは』とプロデューサーに言いました。(中略)プロデューサーは、まずある原作ものの企画を阿部さんに提案しました。ところが阿部さんがそれには乗らなかったため、プロデューサーが『そう言えば尾崎将也がこんなのはどうかと言っていた』と話したところ、阿部さんが『それで行こう』と言ったそうです」──。(尾崎将也公式サイト2013年1月7日「『結婚できない男』はこうして生れた」より引用)

阿部寛は自ら偏屈な役を希望したのか……。という点もびっくりだが、もう1つびっくりするのは、「偏屈な男性」が企画の出発点であって、「建築家を描くドラマ」ではなかったということ。どうやら「偏屈な男性」にふさわしい職業として「建築家」が選ばれたようだ。建築家は偏屈の象徴なのか……。

「ただ、いい家がつくりたい」という奇妙さ

建築業界に長く身を置く筆者としては、「いやいやそんなことはない」と言うべきところかもしれない。だが、ドラマを見ていて、全く違和感はない。「偏屈」という形容がよくないとしたら、「自分に対してピュア」な人が多いと言い換えてもよいだろう。もともと筆者は文系出身なので、建築の世界に放り込まれたばかりの頃、「クセのある人が多い業界だな」と何度思ったことか……。

象徴的なのが、第6話のこのセリフだ。

「僕が向き合っているのは家なんです。僕はただ、いい家がつくりたいだけなんです。この点だけは妥協しません」──by桑野信介(阿部寛)

これは、桑野が傲慢なクライアントの要求に納得できず、その仕事を降りると言い出すときに、珍しく漏らす本音だ。ドラマの中では、桑野の秘めた建築愛を吐露する感動的なシーンなのだが、冷静に考えると、普通のビジネスならばかなり変だ。例えば自動車の開発者だったら…。

「僕が向き合っているのは車なんです。僕はただ、いい車がつくりたいだけなんです。この点だけは妥協しません」

おいおい、ユーザーを無視して誰のために車をつくってるんだ?と突っ込みを入れたくなるだろう。それが建築家だと「いい話」になってしまう。建築業界、特に設計という世界が、クリエイターとしての無自覚なピュアさを許容する世界であることは否定できない。もちろん、そうでない建築家もたくさんいる(特に若い建築家はそうでない人が多い)ので、ここでは「半分真実」ということにしておこう。

(イラスト:宮沢洋)(イラスト:宮沢洋)

相棒としての「住宅プロデューサー」

脚本家の尾崎は、プロフィルを見る限り、建築業界とは何も関係がないようだが、この世界をかなり研究したのだろう。スタッフ(塚本高史)の薄給生活や、現場を仕切る棟梁(不破万作)とのやり合いなど、さまざまな建築家あるあるを盛り込んでいる。特に感心するのが「住宅プロデューサー」がドラマの中で大きな役割を占めていることだ。

桑野の“仕事の相棒”的な存在として、高島礼子演じる住宅プロデュース会社の社員、沢崎摩耶が登場する。桑野の空気の読めなさが原因でクライアントや施工会社ともめるたびに、沢崎が気配りでそれを解決する。物語に住宅プロデューサーを介在させることで、建築家が大いに偏屈に振る舞える状況を生み出したのだ。

第10話では、転職を考えている沢崎を引き留めようと、桑野がこんなストレートな言葉を口にする。

桑野「行くな、行かないでくれ」
沢崎「……」
桑野「せっかくいいパートナーになったんじゃないか。オレの設計とお前の調整能力が相乗効果的にクリエイティブな力になるんだ」
沢崎「意味が分からないわ……」

住宅プロデューサーという職業が登場するテレビドラマは、それ以前の建築家モノにはなかったのではないか。このドラマの放映は2006年。筆者も古巣の建築専門誌「日経アーキテクチュア」で住宅プロデュース業の台頭について書いたことがあって、調べてみると掲載したのは2003年だった。このときにはまだ、知る人ぞ知る動きだった記憶があるので、それから3年たち、建築業界外の人にも伝わる職業となったのだろう。

先ほどの桑野と沢崎のやりとりだが、沢崎はつれない態度をとるものの、結局、転職を思いとどまる。いつもは本心の読めない桑野から、「いいパートナー」と言われては、心も動くだろう。

(イラスト:宮沢洋)(イラスト:宮沢洋)

建築家を演じさせたら世界一?

ところで、前回の記事を読んだ方はお気づきと思うが、阿部寛は俳優として2度、建築家役で主演を果たしている。建築家を演じさせたら間違いなく日本一。いや、異なる建築家を演じた役者は、世界で彼1人かもしれない。

住宅専門の建築家、浴場専門の建築家(テルマエ・ロマエ)ときたら、3度目は辰野金吾か、安藤忠雄か……。長身を生かして隈研吾もいいかもしれない。阿部寛ファン(かつ建築ファン)としては、いつか日本を代表する建築家を演じてほしいと切に願うのである。

■テレビドラマ「結婚できない男」
フジテレビ系列の火曜夜10時枠にて、2006年7月4日から9月19日まで、全12回放送
脚本:尾崎将也
出演:阿部寛、夏川結衣、国仲涼子、高島礼子、塚本高史、尾美としのり、三浦理恵子、不破万作、草笛光子、高知東生 ほか

2021年 04月07日 11時00分

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