タイヤの特性を大きく変える新技術「アクティブトレッド」についての技術説明会を開催
ダンロップ(住友ゴム工業)は11月16日、開発を進める新技術「アクティブトレッド」について技術説明会を都内で開催した。
このアクティブトレッド技術説明会には、住友ゴム工業より取締役常務執行役員の村岡清繁氏、執行役員 材料開発本部長の水野洋一氏、材料開発本部 材料企画部長の上坂憲市氏が出席。それぞれの担当分野で解説や質疑応答の対応を行なった。
住友ゴム工業株式会社 取締役常務執行役員の村岡清繁氏
まずは村岡氏より住友ゴム工業の商品開発への取り組みが語られ、村岡氏は「弊社はダンロップ、ファルケンブランドでタイヤ事業の展開しており、安全安心のドライブお届けするために日々タイヤの開発を行なっております。昨今、自動車産業は100年に1度の変革期と言われております。クルマ自体に求められる価値観が変化する中、タイヤに求められる性能も変わりつつあります。弊社はそれを具現化したタイヤを提供するすることにより、CASE、MaaSに対応するとともに、サスティナブルの社会の実現に貢献してまいります」。
「弊社はタイヤ開発、および周辺サービス展開として“スマートタイヤコンセプト”という目標を掲げ、お客さまにとって新たな価値をお届けすることを念頭に商品開発を進めております。そしてこの度、スマートタイヤコンセプトの要素である『アクティブトレッド技術』を開発。この技術を取り入れた次世代オールシーズンタイヤを来年秋に発売することを発表いたします。アクティブトレッドの技術開発に対しては弊社だけでは達成困難だった課題もありましたが、各方面の企業や大学等と協業し、シミュレーション解析術技術、素材開発、あるいは最新AI技術などといったものを組み合わせることで乗り越えることができました。本日はこのアクティブトレッドに用いた技術の説明を通して、弊社の商品開発の方向性並びに持続可能な社会の実現に向けた取り組みについて理解を深めていただければと思います」とあいさつした。
100年に1度の変革期といわれる時代ではタイヤに求められる要素も変わる。住友ゴム工業ではそれらに対応するためのイノベーションとして「SMART TYRE CONCEPT」を進めている
スマートタイヤコンセプトの要素の1つが「アクティブトレッド技術」。これは水にぬれると軟らかくなることと、温度が冷たいと軟らかくなるという特性を持つもの。ジャパンモビリティショー2023で発表された
住友ゴム工業株式会社 材料開発本部 材料企画部長の上坂憲市氏
続いては住友ゴム工業 材料開発本部 材料企画部長の上坂憲市氏がアクティブトレッド技術の説明を行なった。上坂氏はまず「スマートタイヤコンセプト」についての紹介をしたあと、アクティブトレッドの説明に移った。
スマートタイヤコンセプトは2030年のモビリティ社会に対応するコンセプト。安全に関わるセーフティテクノロジーと環境に関わるエナセーブテクノロジーという2つの重要な要素があり、それを支えるためのコアテクノロジーがある
これまで発表したスマートタイヤコンセプトテクノロジーについて
スマートタイヤコンセプトの商品化の紹介。アクティブトレッドについては2023年にコンセプトタイヤを発表。2024年にアクティブトレッドコンセプトレベル1の次世代オールシーズンタイヤを発売し、2027年にアクティブトレッドコンセプトレベル2の次世代EVタイヤを発表する予定
ここからはアクティブトレッド技術の説明。上坂氏は「天候によって路面環境は変化します。その変化に1つのタイヤで安全に走行するには限界があります。このような路面環境変化は安全、安心な運転に不安をもたらすものですが、アクティブトレッドではそのような常識を覆すことに挑みました。従来は路面環境や使用用途に応じてそれぞれに合ったタイヤを用意し、そしてそれらのタイヤの性能を引き上げるための技術開発を進めて参りました。すなわち従来は複数のタイヤのカテゴリを設け、その性能バランスを変えることによって安全を担保してきたのです。これらのタイヤの性能を分析していくと着眼したポイントがありました。それはそれぞれの性能項目において路面環境が異なるという点です。具体的には温度の違いと水の有無です。そしてアクティブトレッドでは『路面環境の違いを性能向上に利用できないか』という点に着眼しました」と切り出した。
当たり前だった1つのタイヤでの安全の限界。この常識を覆すことに挑んだのがアクティブトレッド
現状は路面環境の違いに対応するため、複数のタイヤカテゴリーがある
レーダーチャートでカテゴリー別に性能を見る。ここで着眼したのは路面環境の違い。従来とはまったく違う視点「路面環境の違いを性能向上に利用できないか」という発想が生まれた
アクティブトレッドは路面環境変化を利用した「性能スイッチ技術」という紹介だった。つまり1つのタイヤに複数の性能を持たせるというもの
上坂氏は続けて「アクティブトレッドを搭載したタイヤは晴れの日はドライグリップや燃費に優れた性能を発揮します。そして雨が降ると水に応答してウェットグリップに特化した性能が発生。また、雪が降るとその低温に応答してアイスグリップに特化した性能バランスへとゴムが性能スイッチします。すなわち1つのタイヤであるにもかかわらず、路面環境変化に応答して複数のタイヤ性能を持つのがアクティブトレッドであり、今までのタイヤにない全く新しい発想の技術であります。アクティブトレッドにはゴムが水で柔らかくなるタイプウエットの技術と、ゴムが低温で柔らかくなるタイプアイスの技術があります」。
「タイプウエットの開発コンセプトは『ドライ=ウエット』で、これは晴れの日と雨の日のブレーキ距離を同じにするというものです。従来のタイヤでは雨の日のブレーキ距離は長くなりドライバーは不安を感じますが、アクティブトレッド技術にて雨の日のブレーキ距離を晴れの日と同じものとすることでドライバーの不安を解消することを目指しました」と特徴を解説した。
このあともアクティブトレッド技術の解説が続くが、話にあわせて資料も用意されていたので、資料ごとに分けて内容を紹介していこう。
アクティブトレッドにはタイプウエットとタイプアイスの2つの技術がある。なお、これらは別々のタイヤに分けて使うのではなく、1つのタイヤに両方とも盛り込むものという
タイプウエットの性能で求めたのは晴れの日と雨の日のブレーキ距離を同じにすること。雨の日のドライブの安心感を高めることが狙いだ
ゴムと路面の接地状態について示したもの。晴れの日と雨の日のゴムが路面を掴む状況が違うことを説明
摩擦の種類は「アンカー摩擦」「粘着摩擦」「ヒステリシス摩擦」がある。路面環境ごとのそれぞれの摩擦の違いを比べると、ドライに比べてウエットやアイス路面ではいずれの摩擦も減少するが、アンカー摩擦と粘着摩擦はゴムの軟らかさが変わることでの違い、そしてヒステリシス摩擦はエネルギーロスの違いという分け方になる。これによりゴムの軟らかさとエネルギーロスのスイッチ技術が必要という結論になった
凹凸のある試験台の上を滑らせることでゴムの摩擦力を算出できるシミュレーションを活用してテストした結果、ドライを100としたときにウエットは89と摩擦力が低下していた。これでゴムの最表面がグリップに寄与していることが分かる
ゴム最表面の特性を変えて再テストして、ドライとウエットの摩擦力を求めた。その結果、摩擦力がドライ=ウエットになる物性変化代は硬さが40%減少(軟化)、エネルギーロスは13%増加(ロス増大)させることが必要であると算出された
ゴム最表面の特性のみをスイッチさせるメリットの紹介。仮にゴム全体をスイッチするとトレッドの剛性が低下し、図のようなデメリットが出る。対して最表面のみであれば他の性能への不都合はない
アクティブトレッドが求める性能を出すためにスーパーコンピュータ「富岳」や住友ゴム工業が持つさまざまなシミュレーション技術を活用して材料設計をした。これまでの技術蓄積が少ない、また、世の中に材料がないという状況下において、開発のスピードと精度が向上したという
材料の作成については他の素材メーカーと協力して行なっている。2023年のコンセプトタイヤについては資料にある3社で専用素材を開発した
上坂氏によると「ポイントは3つあります。スイッチの繰り返し、スイッチの時間、スイッチの厚みです。スイッチの繰り返しは晴れと雨のスイッチを繰り返し発現させることに対する技術で、イオン結合の導入により実現しました。スイッチの時間および厚みはゴムに水を素早く浸透させる技術とトレッドの最表面だけをスイッチさせる技術で、それらは材料内の水浸透ネットワーク構造の導入により実現できました。ドライとウェットのスイッチの切り替えに対する技術については、繰り返しを持たせるためにイオン結合を選択しました。このイオン結合水がない状態ではプラスとマイナスが結合しています」。
「一方、水が加わるとその結合は解離します。そして乾燥させると再び結合が戻ります。 このような可逆性のあるイオン結合の適用を進めて参りました。もちろん従来のゴムの結合である共有結合ではこの現象は起こりません」とのことだった。
スイッチ技術の設計思想について。技術のポイントは資料にある「スイッチの繰り返し」「スイッチの時間」「スイッチの厚み」の3つ
ドライとウエットのスイッチの繰り返しを実現するため、可逆性のあるイオン結合を新規に導入
シミュレーションでの可逆性の検証を行なった結果、アクティブトレッドのイオン結合は水で結合と解離を繰り返すことが確認できた。材料はシリカとイオンポリマー、そしてそれらをつなぐイオン結合剤となっている。イオンポリマーは水がない状態ではシリカと結合しているが、水があるとシリカから解離する。そして水がなくなると再びシリカを結合することが検証できている
こうしたイオン結合はゴムの中のどこに配置されるかという点について、上坂氏は「ゴムの中にはポリマーとポリマーの間、またポリマーとフィラーの間とさまざまな結合が存在しています。いずれも硬さを上げることやエネルギーロスを減らすために必要なものです。見方を変えると水でその結合が外れることで、ゴムに軟らかさと高エネルギーロスを生じさせることが可能となります」。
続いてスイッチの時間と厚みの制御に関する技術の説明が行なわれ、「従来からタイヤに使われる素材は水になじみにくい疎水性であります。そのためイオン結合部分にいかに水を供給するかのポイントになります。従来のゴム材料では水は浸透しません。そこにイオン結合を導入すると水に直接触れるゴム表面のイオン結合だけが水に応答します。しかしそれでは浸透が不十分でした。そこで新たに水浸透補助剤を開発しました。この材料をイオン結合部分の間に配置することでゴム中に水の通り道を形成することで実現しました。そして水浸透補助剤の量を調整することで浸透時間などを制御することができました」と解説した。
スイッチを繰り返し行なうため、イオン結合の配置場所を探した結果、ポリマーとポリマーをつなぐところなどが見つかった
タイヤに使われる素材は水と馴染みにくいので追加の材料が必要
そのための水浸透補助剤を使って水の通り道を作る。浸透時間や厚みは材料の量を調整して行なう
水浸透の確認のために熱中性子ラジオグラフィーという技術を使用。これは中性子は水を透過しにくいという特性を利用したもので、水がある部分は暗く表示される。資料のような結果になった
ゴムを水に浸した状態で硬さの変化を測定。これにより水浸透で狙いどおりゴムの特性が変化するかを確認。測定したゴムは2分で硬さが20%軟化。60分では34%軟化した
水浸透と乾燥を連続して行ないスイッチの繰り返し性があるかも確認した
水でゴムが軟らかくなることを利用してエネルギーロスの制御ができることも確認。軟らかいとは言い換えると大きく歪むということで、その大きな歪みがかかることで大きなエネルギーロスを発生する新しい仕組みを導入している。作用するのは資料にある3点だ
ゴムを水中で付けた状態での試験。60分付けた状態で硬さは34%減少(軟化)するとともにエネルギーロスが11%増大。この特性はドライとウエットのブレーキ距離を同じにするものとのこと
コンセプトタイヤでの走行テストの結果。ウエット路面でのグリップ性能が向上している。また、繰り返しでのテストでも同様の性能を発揮した
ドライとウエット路面でのブレーキ性能の変化。この変化はドライバーははっきりと体感できるくらいのものであるとのこと
ウエットでのスイッチと平行して温度による「タイプアイス」のスイッチの技術も開発している。こちらでは低温でゴムが軟らかくなるという原理原則とは逆の結果をもたらす材料が必要となった
温度によるスイッチ技術の解説。左が一般的なタイヤのグラフ。高温で軟らかく、低温で硬くなっているが、新素材を使うタイヤはその逆の特性
新素材は樹脂と軟化剤のブレンド。これに特殊イオン性化合物をあわせることで、温度で樹脂と軟化剤の混ざり方を制御する。高温のときは軟化剤の排除を行ない、低温時は軟化剤を吸収するという技術だ
温度によるスイッチ技術を使うアイスグリップ用スイッチ素材は現在開発中で、2024年のレベル1にはまだ採用されないという
以上がアクティブトレッド技術説明会の内容だ。質疑応答では予想価格の質問もあったが、現状はテストタイヤができたという段階なので、発売が2024年秋であること以外、価格やサイズ展開についてはまだ未定とのことだ。
このアクティブトレッドはタイヤというものの性質を大きく変える革命的な製品になると予想できる。また、複雑で繊細な特性を量産するためにタイヤの製法や生産ラインの作りから変えていくことも考えられるし、その可能性があることも現場で伺っている。それだけにアクティブトレッド技術についての続報が出たときは、そちらも忘れずにチェックしていただきたい。
全天候タイヤができることでタイヤカテゴリーが集約できる。するとそれは省資源化にもつながる
アクティブトレッド技術を搭載した商品の計画。研究開発を進めながら順次、製品化される
前の写真に映る材料とあわせてコンセプトタイヤに使われる素材とのこと
アクティブトレッド技術を使って作ったゴム板。左が乾燥した状態で右が水を付けたモノ。同じ形状のゴム板だが水に浸けた方が軟らかいのでしなりも大きい
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