2008年の金融危機の余波の中、ジョー・クドラ氏は他の何千人もの人々と同じように、安定した仕事を続けるために自分の夢は後回しにしていた。当時、クドラ氏はITビジネスを展開しながら、メンズアパレルブランドを経営していた。そのブランドは大不況の最中に閉鎖されたが、2015年になって、ようやくクドラ氏のファッションへの執着が完全に復活、現在40億ドル(約5980億円)の評価を受けているアスレチックウェアとレジャーウェアのブランド、ブオリ(Vuori)が誕生したのである。
ブオリの起源は、もうひとつ別の多大な成功を収めた企業と似ている。それはルルレモン(Lululemon)だ。クドラ氏もルルレモンの創業者であるチップ・ウィルソン氏も、腰を痛めたことをきっかけにヨガのクラスに参加するようになり、ヨガウェアの状況を目の当たりにした。1997年にはヨガウェアはニッチで、ダンスウェアと近い関係にあり、ウィルソン氏はそこに市場機会を見出した。一方、クドラ氏は2015年に日常生活でのさまざまな側面に適した服の選択肢がほとんどないことに気がついた。そこで機能性と汎用性を合体するという概念が生まれ、フィンランド語で「山」を意味するブオリとなった。
アスレジャーでもっとも話題のブオリ
「動きやすく、汗をかくために作られた製品を中心としながら、生活のさまざまな場面で着用したくなるような美意識の備わった製品を作りたかった」とブオリの創業者でCEOのクドラ氏は言う。「今日、あらゆるメンズブランドが多用途性がコアであり基本であると語っているが、(我々がローンチした)当時は、そのようなブランドは存在しなかった」。
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現在、ブオリはアスレジャー分野でもっとも話題になっているアパレルブランドのひとつである。2021年の時点で、同社はソフトバンクグループのビジョンファンド2(Vision Fund 2)が主導する4億ドル(約598億円)の資金調達ラウンドを経て、40億ドル(約5980億円)の評価を得ている。カリフォルニアを拠点とする同社は、ロサンゼルス、シアトル、サンフランシスコ、ボストンなどの主要市場で35店舗を展開している。1月以降、少なくとも10店舗をオープンしており、年内には20店舗を超える計画だとクドラ氏は語った。目標は、2026年までにブオリを全米で100店舗展開することだ。10月には同ブランドが2024年のIPOを検討しているという噂が流れたが、クドラ氏はこの件についてはコメントを避けた。
話題を呼ぶ数々のアスレジャーブランド
他のブランドが苦戦する中、話題を呼んでいるアスレジャーブランドはブオリだけではない。アロヨガ(Alo Yoga)は2022年の売上高が10億ドル(約1494.5億円)を超えたと報告した。その親会社であるカラーイメージアパレル(Color Image Apparel)は、現在、投資の可能性を探っており、ロイター通信によると、この米国ブランドの価値は約100億ドル(約1.49兆円)となる可能性がある。アロヨガは投資銀行のモーリス(Moelis)に助言を依頼したと報じられているが、この記事へのインタビューには応じてもらえなかった。また、2014年にインスタグラムのアカウントとしてスタートし、2018年に正式にブランド化したスポーティ&リッチ(Sporty & Rich)は、3000万ドル(約44.8億円)規模のビジネスへと着実に成長している。キム・カーダシアン氏のアンダーウェアブランド、スキムス(Skims)も、アクティブウェアとルームウェアを販売し、今年およそ40億ドル(約5980億円)の評価額で資金調達を行っている。
これと対照的なのが英国を拠点とするジムシャーク(Gymshark)で、今年初めに米国での事業の大半を停止し、約65人の従業員を解雇している。またアウトドアボイシズ(Outdoor Voices)は、2019年に内部崩壊した後、依然として苦しい状態にあり、熱烈な顧客層の心を取り戻すことができていない。同社は2022年の売上高は1億ドル(約149.5億円)近くに達したが、安定した収益性を確保するのは難しそうだ。ブオリの競合であるルルレモンは成長を続けているが、2020年にバーチャルワークアウト企業ミラー(Mirror)を買収した際に大きな失敗を犯した。ミラーの価値が5億ドル(約748億円)から10倍近く下落したと報じられた後、ルルレモンは買い手を見つけるのに苦労している。また、ギャップ・インコーポレーテッド(Gap Inc.)傘下のアスレタ(Athleta)は、3月にギャップの幹部チームが明らかにしたところによると、「これまで数四半期にわたって製品受容の課題」に直面していた創業25年のこのブランドにイノベーションを吹き込むため、7月にアロヨガのプレジデントをCEOに招き入れている。
アクティブウェアで重要なのはロイヤリティと憧れ
話題性のあるアスレジャーウェアブランドの要となるのは、フォルムと機能を兼ね備えたウェア、革新的なマーケティング戦略、そして憧れのライフスタイルを物語る点と点をつないでファンベースを維持する力を適切に組み合わせることだ。
「(アクティブウェアでは)ロイヤリティが非常に大きい。すばらしいレギンスを見つけたら、人はそのブランドに投資してお金を使いたいと思う」と述べたのは、『ELLE』のファッション記事ディレクターで、書籍『Dress Code: Unlocking Fashion from the New Look to Millennial Pink』の著者であるヴェロニク・ハイランド氏だ。「アスレジャーはフィットネスや製品の品質よりも、ウェルネスやトレンドに精通しているという印象を与えることが重要なのだ」。
グランドビューリサーチ(Grand View Research)によれば、このロイヤリティと憧れは、2021年時点で872億ドル(約13兆円)の米国市場に相当する。2023年から2030年までのその年間平均成長率は8.3%と予想されている。ミンテル(Mintel)の2022年のレポートによると、消費者の43%がワードローブの半分以上をアスレジャーアイテムで占めているという。また55%の消費者が、自宅でのリラックスタイムとエクササイズの両方の目的でアスレジャーを着用しており、この市場が急成長している理由と、アスレジャーが米国のワードローブを支配している理由を浮き彫りにしている。
インスタグラムからスタートしたブランド
今日、アスレジャーの分野でもっとも関連性の高いブランドは、ファッションの時代精神を反映していることが多い。2010年代後半の低金利と高バリュエーションの時代には、ファッションと社会は、パフォーマンス、#ハッスル、ガールボスブランドに集中する方向に振れていたが、その後、誰もがよりやりがいのある社会経済的機会を求めて時間を費やしているうちに、レジャー、#セルフケア、レイジーガールジョブの時代へと移り変わっている。
「スポーティ&リッチは、パフォーマティブなレジャーの好例だ。ブランドのインスタグラムはレトロなフィットネス(のライフスタイル)のムードボードとして機能しており、多くの人の憧れとなっている」とハイランド氏は述べた。
スポーティ&リッチがインスタグラムのアカウントとしてスタートした当初は、創業者である当時20歳のエミリー・オバーグ氏の趣味にすぎなかった。投稿されるのは、テニスやスキーをする人々の姿をとらえた1970年代や1980年代の写真、写真家のスリム・アーロンズ風の写真、あるいはどことなくレーガノミクス的な富の象徴を示すイメージなどが多かった。ブランドのフォロワーが増えるにつれ(現在52万7000人のインスタグラムのフォロワーがいる)、オバーグ氏はこのアカウントをベースに紙の雑誌やグッズのラインなどの展開を考え始めた。そこでオバーグ氏は、フランスのビジネスマン、デヴィッド・オバディア氏とつながってブランドを設立した。現在では、スウェットパンツ、クルーネックのスウェットシャツ、キャップなどを販売するほか、2022年9月には『The Sporty & Rich Wellness Book』という書籍も出版している。
「トレンドを追いかけるというよりは、何年か後にも通用すると思われるアイテムを作ることに重きを置いている」とオバーグ氏は言う。「今は誰もがハマっていて着用しているので、トレンディなブランドのように見えるかもしれない。でも2カ月後、あるいは2年後には、もっと別のものが人気を集めてトレンドになるに違いないと思っている」。
ウェルネスに特化し、ライフスタイルを提供する
スポーティ&リッチにとっても、またアロヨガを含む他のアスレジャーブランドにとっても、ウェルネスが最重要事項であるのは明らかだ。スポーティ&リッチが7月に新しくオープンしたソーホーの旗艦店には、2つのトリートメントオプションを備えたスパと、エスプレッソや抹茶ラテ、スムージーを提供するカフェを併設している。計画では、オープンする全店舗にこれらを併設する予定だが、今のところ追加の店舗はない。スポーティ&リッチには書籍だけでなく、「ウェルネス・クラブ(Wellness Club)」というオンラインのエディトリアルサイトがあり、ウェルネスに焦点を当てた記事を掲載している。またオバーグ氏は、時期は未定だが同ブランドを美容と健康のサプリメントに拡大する計画があると述べた。一方、アロヨガは2020年にスキンケアラインを立ち上げ、8月にはアロ・スタッカブル・ウェルネスシステム(Alo Stackable Wellness System)というコレクションの一部として、ジェル状のサプリメントを発売している。ルルレモンは2019年に美容製品をローンチしたが、サプリメントの分野にはまだ進出していない。
「ウェルネス業界は一般的に、ファッションやファッションブランドよりも寿命が長い。私たちはもっとウェルネスに特化したブランドになり、製品よりもライフスタイルを提供していきたい」とオバーグ氏は語った。
マーケティングの特徴となるコミュニティスタイルのイベント
さらにオバーグ氏は、実店舗やインフルエンサーである編集者が直接顔を合わせるテニスイベントなどを介した、スポーティ&リッチのオフラインでの可能性にも興味を持っている。初のテニスイベントは2年前に開催された。今後主催を計画しているイベントには、アートバーゼル・マイアミ(Art Basel Miami)、さまざまなファッションウィーク、2024年パリ・オリンピックなどがある。だがスポーティ&リッチは、来年中には顧客に焦点を当てたイベントを開始する予定だ。
対面式のコミュニティスタイルのイベントは、アスレジャーマーケティングの特徴となっている。クドラ氏は、コミュニティ指向のフィットネススタジオであるソウルサイクル(SoulCycle)やバリーズ(Barry’s)といった、最近のフィットネストレンドにみられる社交性を指摘した。そのため人々は、ワークアウトをしている最中も見栄えをよくして、志を同じくする健康的な人々と交流したいと考えるようになっている。ブオリは店舗で対面式のフィットネスクラスを開催し、ランニングなどの小旅行のためのACTVクラブを設けている。もちろんこうしたコンセプトのパイオニアはこれらのブランドではない。ナイキ(Nike)は2010年から2012年にかけてランニングクラブのアプリを開発し、アウトドアボイシズはイベントシリーズの「#DoingThings」で文化的な地位を高めている。ただし現在、アウトドアボイシズのウェブページにはイベントはひとつも掲載されていない。
セレブリティのファンや限定コラボレーションを活用
そして役に立つのが、非常に公的なファンベースを持つことだ。特にそれが無報酬ならなおよい。アロヨガのアイテムは、テイラー・スウィフト氏、ケイティ・ホームズ氏、ヘイリー・ビーバー氏、ケンダル・ジェンナー氏といったセレブリティが頻繁に着用し、パパラッチの写真にも登場している。これは、アロがインスタグラム上を経由してではなく、ウェブ記事や有料SEO検索ワードで宣伝している関係である。同ブランドは2021年にニューヨーク・ファッションウィークのイベントを主催し、同年にケンダル・ジェンナー氏とのコラボレーションを実現した。今年は、メタバースのプラットフォーム、ザ・サンドボックス(The Sandbox)に進出、10月には「ストリートとソワレ」のオケージョンウェアのための新しいラグジュアリーコレクション、アロ・アトリエ(Alo Atelier)を発表し、より幅広いライフスタイルブランドを目指している。
スポーティ&リッチの場合は、強力な限定コラボレーション戦略を打ち出している。これまでにアディダス(Adidas)との2件のコラボをはじめ、ソフィア・リッチー・グレインジ氏が結婚式を挙げた高級ホテル、オテル・デュ・キャップ=エデン=ロック(Hotel du Cap-Eden-Roc)とのコラボやラコステ(Lacoste)とのコラボなどがある。一方、ブオリのファンにはグウィネス・パルトロウ氏、ジェイク・ギレンホール氏、ヴァネッサ・ハジェンズ氏がいる。パルトロウ氏は自身のインスタグラムのストーリーで、このブランドのレギンスに「夢中」だと絶賛したこともある。さらに、ブオリは「やる気のあるアスリートやフィットネス愛好家」のためのインフルエンサープログラムを運営しており、アパレル購入の40%オフや限定ショッピングのチャンスなどの特典を受けることができる。アンバサダーは、ハッシュタグ#TheRiseTheShine、#V1Discountを使用し、@VuoriClothingをタグ付けするよう求められるが、ブオリは投稿頻度については特定の基準を設定していないという。
革新的な生地で知名度アップを狙う
しかしブオリは事業を拡大する将来を見据えており、その戦略は性能に裏打ちされた生地にあるとクドラ氏は主張している。ラウンジウェアやフィットネス製品に使われている生地を使ったブオリの旅行関連の製品は「非常によく売れている」という。ブオリはファブリックやテキスタイルを最優先した観点から、製品のイノベーションに目を向けている。一方、デザインの精神は気楽で洗練されているが、クドラ氏いわく、決して過剰にデザインされてはいない。同ブランドによると、最新素材のブリスブレンド(BlissBlend)は8月に発売され、ホールド感を損なわずに従来のスパンデックス、ライクラ、エラスタンよりも200%伸縮する。クドラ氏は、ブオリは多用途性に加えて革新的で柔らかい生地を所有し、知名度を上げたいと語った。
クドラ氏の観点からすると、ナイキやルルレモンといった競合他社に比べて、ブオリの認知度は「ほんのわずか」だという。専門組織である全米靴流通販売業協会(Footwear Distributors & Retailers of America)によると、ナイキのスポーツアパレル市場シェアは約33%、アンダーアーマー(Under Armour)は14%、アディダスは6%となっている。そのため、ブオリはリーチを拡大すべく、アウターウェアやアウトドアウェア、スイムウェア、サーフ製品に取り組むことでジムの分野以外に目を向けている。2018年、ブオリはウィメンズウェアをローンチ、現在ではブランド売上の50%を占めている。
アクティブで健康的なライフスタイルは世界的な動向
実店舗への投資に加え、ブオリはビジネスインフラを強化している。2023年には新しい企業資源計画ソフトウェアシステムの使用を開始し、現在はカリフォルニア州カールズバッドに17万5000平方フィート(1万6258平方メートル)の本社キャンパスを建設中で、2024年第1四半期にオープンする予定だ。さらに、クドラ氏は役割やチームについての詳細については言及を避けたものの、社内の役職に200人の従業員を雇用している。ブオリには現在、小売、フルフィルメントセンター、企業職を含め、2000人以上のフルタイム従業員がいる。
「メンズ、ウィメンズともに、このカテゴリーがどこまで大きくなるのか、多くの人が疑問に思っている」とクドラ氏。「当社の成功の理由が、必ずしもほかのブランドの犠牲の上に成り立っているとは思わない。同業他社の中には、当社が急成長を遂げつつある段階の時期に驚異的な成長を遂げたブランドがある。その理由は、わが国や海外では、アクティブで健康的なライフスタイルを送るための非常に大きなムーブメントが起こっているからだ。それは世界的なムーブメントだ」。
[原文:The anatomy of an athleisure hype brand]
EMMA SANDLER(翻訳:Maya Kishida 編集:山岸祐加子)
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